りんねさんちの発達家族

その都度気まぐれ発達ライフ

2017年8月18日(金)いつものところでランチオフ

暑いし忙しいし、声をかける余裕もなく、新宿遠征デイが近づく。

急だし、だめもと!で、お茶をご一緒してくださる方を募ると、2名の方がかけつけてくださいました!(もう一名、声はかけてもらったんだけど、日程が合わなかった…)

 

 

いつもの場所でなんとなくスタート。

各々飲み物と、適当に食べ物。

お昼近くにそれぞれまた注文して食べて。

だらだらとトーク(^-^;)

 

お一人は初オフ(?)だったらしいけと、こんなんです…

のちのちトラウマにならないことを願う。

 

なんとなく、子どもの話題が多かったかなぁ。

食べ物の話題は結構出ますね。

 

好き嫌いを直したほうがいいかどうか…

様子を見てると、無理に直さないほうがいいのかなぁと思いつつも、強制できる場合もあるのかなぁ?少しずつ、苦手なものもチャレンジしつつ、は意識していけたらと思う。

 

あとは、個人的な意見かもだけど、発達さんは、過去の自分と今の自分がつながってないことがあるのかなぁと思ったこと。

 

定型さんと話してて、過去の自分を振り返って「あのころの自分」を、表現するのを見たことってない。けど、発達さんと話してると、自分も含めて、過去の自分を「あのころはひどかった」とまるで他人のように振り返ることがある。

なんとなく、過去の自分とのつながりが薄い部分があるのかなぁと思いました。

連続性がないというか、作業でも、ひとつひとつ把握してないとできない、とかそういうのと関連するのかなぁとか。

 

 

毎回いろいろ思うところがあります。

細々と、同カテゴリの方々とお話しする機会を作り続けていきたおと改めて思いました。

ややわかりにくい自戒←対等でありたいということ

人は、人を上に見たり下に見る。

 

対等でありたいとは思う。

けど、下に見たことがあるし、何度も下に見られたこともある。

 

下に見てしまう人とは早めに離れる。上に見てしまう人は場合によるけど。学ぶものがあれば繋がりを保つし、自分を卑下しすぎるようならやっぱり離れる。

 

 

仕事をしていて、だれがそれがと思うことはある。それでも、人生に価値を感じるから、年相応の敬意を払いたい。

 

人を介護する、看護する、診る、職業に就いていると、わたしなどよりも立派な方にまで敬意を払われることがある。叶わないと思われることがある。病気を持っているからというだけで、逆らえないと、上に見られることがある。

 

それは、あくまで、スキル的なことであって、決して、人として上ではない。

 

人がいるから、成り立つ仕事でもある。人がいるからこそ必要な仕事である。あなたがいるから、わたしは、あなたを看るのだ。

 

 

かなり前の話、カウンセラーを探したいときに、ブログのプロフィールに『ポジティブな人が好き』と書いているカウンセラーがいた。

 

ポジティブシンキングの人は、ネガティヴシンキングの人を下に見る傾向ありませんか?わたしはそう感じてしまうので、そのプロフィールを見て少し嫌な気持ちになったし、その人には相談しないと思ったし、むしろ、なんでカウンセラーをしてるのかとまで思ったりした(余計なお世話である)。

 

ポジティブな人にカウンセリングいらんやん。

 

 

ちょっと話外れるけど「お互い様」という言葉は、迷惑をかけられた側が言うものだと思う。迷惑をかけてる側が「お互い様じゃん!あんただって迷惑かけることあるでしょ!」は違うように感じる。

 

そういうのと似たようなニュアンスで、他の人を励ますのにその対象者を理解しないと思われる周囲の人をやや卑下するような言い方をすることもあると思う。でも、それを、自分で言ってしまったら、やっぱり何か違う気がする。

 

対等でしょ、お互い様でしょ、は、お互いが譲り合っている場合に成り立つんだと思う。対等だと思っているときに成り立つんだと思う。

 

良くも悪くも、そういう言い回しを、常に気持ちよく使えるように心がけたい。

違う道を選びながらも手を取り合うこと

よく聞くこと。かつての友人にも言われたこと。

 

「子持ち主婦は使えない。子どもの都合でいきなり休む。」

 

子どもがいるからって休まれたら仕事の仲間に迷惑かかるんですけど、というプレッシャー。正直、プレッシャーなんかかけられなくたってわかってるし、ちゃんと申し訳ないとも思ってる。それでも、仕方ないのは、共働きでないと生活できない世帯が増えていること。この世の中がそういう方向へ流れているから、子育てしにくくなってどんどん子どもは減っている。

 

仕事しながらの子育て、が、とても難しい。

 

子どものいない人たちの理解はあまりない。なんだかんだで、母親が子どもの生活管理の責任の多くを担っていて、子どもに何かあった時、まず仕事を休むのは母親。だんなは、当たり前のように、じゃあ今度は俺が休むという選択肢はない。

 

そうなると基本的に母親はパートかアルバイトどまり。それでも、やっぱり、休まれると困る(それ自体はわかります)、でも、こちらも働かないと困る…。

 

雇用側も葛藤してるんだろうけど、当の主婦パートも葛藤してます。迷惑をかけてる、でも働かないわけにはいかない。

 

まあ、中には、当然でしょ仕方ないでしょ、って人もいるだろうけど…それに関してはなんにしても、そういう、自己中心的な人は一定数存在するので。

 

でも、あんまり、子持ち主婦のそういうどうしようもない面をあげて、使えねえ、とか言われまくると、ちょっと反発もしたくなる。

 

 

じゃあ、誰も子どもを生み育てなくなったら?

 

誰も休まない、仕事は問題なく回る。でも、子どもは減っていく。若者は減っていく。

 

それまでに、全て機械化されて人間が必要なくなるかもしれないけど。

 

年を取って、若い人の手を借りたいと思った時、その若者は、使えねえ主婦が、周りからいろんな嫌なことを言われながらも育て上げた1人かもしれない。

 

子育て中の主婦が休み、フォローに入ること。目の前のことだけを考えたら、フォローに入る方だけ損をしているように思えるかもしれない。

 

でも、フォローをしたことで、一人の子どもが無事に成人し、社会に貢献できるようになるために必要なフォローであり、いずれ、その子どもたちが、年を取った、子どものいない人たちに手を貸す日が来る。

 

人に手を貸すことを厭わない人間に育つよう、いろんな人の協力を得ながら、この世は助け合って生きていくということを感じさせながら。

 

子育てをする人、子どもを持たない人、それぞれの人がそれぞれの立場で、お互いを尊重しあって、心に棘を抱かなくても助け合うこと手を取り合うことが、できるようになったらいいなあ。